2020.5.29
味噌ラボ

「みそのルーツ」

今回は、みその起源をご紹介します。

はじめに登場したのは醤(ひしお)です。醤というのは塩をふくむ発酵食品または調味料のことで、肉や魚からは肉醤、野菜や果物からは草醤、大豆や米や小麦からは穀醤が作られます。論語の中で、孔子が醤について話したそうですから、紀元前5世紀ごろにはあったようです。日本でも縄文時代の遺跡から醤のようなものが見つかっています。

日本では大化の改新(645年)のあと、国の組織の1つに醤院(加工食品をあつかう役所)が作られ、塩、酢、醤、ごま油、『未醤』を扱ったと記録され、日本で初めてみそについて記録されています。また、正倉院御物の中には、尾張と隠岐から『未醤』がおさめられた記録が残っているそうです。このころ唐の僧侶鑑真が甜鼓を伝えたという説もあります。

平安時代になり、ついに漢字の『味噌』が登場します。日本三代実録(平安時代の歴史書)には、近江国から納められた味噌が僧への俸給として与えられたと書かれています。今から1000年以上も前のことです。

鎌倉時代、信州筑摩郡神林郷(今の松本市)出身の僧侶覚心は修行のため宋に渡ります。そして、鎮江府の金山寺にて当時、宋で最もおいしいと言われた豆豉の作り方を教えてもらい、帰国したのち布教活動とともに大豆炊き(味噌つくり)を庶民のあいだに広めました。

鎌倉時代に入る頃には、味噌は庶民の生活必需品となっていましたが、粒のままでなめたり食べるものでした。その後、すり鉢によって味噌がすられるようになり、味噌汁が普及することになります。

参考文献:信州味噌の歴史